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冬山の幻想
溝越 教之

 寒風吹きつける白稜、その白き白稜にくっきり浮かぶ鮮色のテント、夕日も沈み外の音は風の怒りのみ。
「明日は攻撃できるかな」
もう大分待った。山男達も焦りと不安の気持ちを隠すことはできない。一人がテントから首を出す。鼻が千切れそうだ。
「おい!明日はやれるぞ」
 外は墨をベッタリ塗ったような真っ暗な空の彼方に悪魔の羽ばたきのような白い山稜がくっきりとその全容を浮かべている。
 また仰げば満天の星空、それも都会では考えられない特別サイズの星ばかりが手も届かんばかりの近くにチラついている。そして、その星光が雪を眩しいばかりに輝かせる。
 驚くほどの天候の急変である。狙っている山には雪煙が長く尾を伸ばし、一層山の神秘性を盛り立てる。
 思わず「バカヤロー」とやってみる。届くすべもなく休風に遮られ、生命は絶えそして消える。
 山頂を極めた気分もいいかも知れないが夢のようなこうした夜影も格別な味、冬山ならではのものだ。そして、この幻想の域に入った男達は誰でもこう思うだろう。いや、こう考えるに違いない。
「だから山は止められねえ―」と。


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