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元編集者の戯言
牧野 盛冶

 早いものでもう会報も200号に達する。私が編集を担当したのが176号からの1年間だったが、それからもう3年近く!!まったく早いものである。
 編集の経験はなく、皆目判らないまま引き受けてさあ困った。元来その方は嫌いではなかったが原稿が全然集まらないのである。山ヤとは無精者ばかりだ、と言うことを聞いて否定はしていたものの、こと文筆に関する限りはその言葉も当てはまるのである。歴代の編集員は全て原稿集めに終始したのであろう。私も慣例に漏れず苦労させられたが、しかしながら今のように部外者となってみると三峰の気風に染まった如く筆をとるのさえ億劫になってくるのである。今でこそこんな風であるが当時は、何て非協力的な奴らだろう怒ったり嘆いたり。若かったのである。兎に角会報を出さなければならない。無精っ気を解消させる苦肉の策として今までのリレー随筆を「私の初山行」というタイトルにして続けてみたら意外とスムースに集まり、それではと一歩進んで最も思い出に残る山行というタイトルに変えて現在までリレー随筆が続いている訳である。この随筆を編集しているうち、私自身も昔に返ってしんみりし、あの頂き、この頂きが頭に浮かんでくるのである。
 もう一つ私のアイデアで「三峰のサムライ達」というタイトルで会員の知られざる横顔を載せ色々こき下ろしたり誉め上げたりという具合に意地悪を発揮して面白がったりした。これはなかなか好評だったようで、ルームでこれは誰それが書いたものだとか話題になっているのを見て一人悦に入っていたものである。そうかと思えば会報が例会計画に間に合わず諸兄からお叱りを受けたり、夏の山行報告を炬燵の中で編集等々、今となってみれば楽しい思い出となってくるのである。座談会や合唱、ルームでの愉快な話等、編集したかったことがまだまだある。ともあれ集まった原稿が活字になって諸兄姉に読まれるのが唯一の愉しみの、また地味な仕事だと思って助けてやってもらいたい。私の考えとして、会報は会員の士気を測る一つのバロメータになるのではないかと思う。充実した山行は山行報告も充実してくるのであろうし、それは文才等とは関係がないと思っている。そういった意味で会報を面白くさせるのも、つまらなくさせるのも会員諸氏の協力にかかっている。編集者は船のかじ取りみたいなものである。200号を記念して更に会が発展するよう私も及ばずながら協力してゆきたいと思っている次第である。


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