山行日 1971年11月14日
メンバー 播磨、野田、鈴木
横河駅にて夜の明けるのを待って出発。天気は高曇りだが雨の心配はなさそうだ。明け方の寒さに白い息を吐きながら、横川の街並を抜けて、数日前に開通したばかりの碓氷バイパスの卜ンネルを抜けてバイパスに入る。ここは以前は入山川に沿った静かな道だったのだが、現在は碓氷峠のバイパスとして改修されてしまったので、味もそっけもない道となってしまい、早朝だというのに自動車が我もの顔で走っているのには驚ろいた。
新井のバス停の所より、バイパスと分かれて登山道に入る。登山道といっても道標がある訳ではなく、畑の中の農道で、昭文社の地図によると、この道が登山道と思われる訳で、畑が尽きると植林帯に入る。枝道が分かれるが適当にカンを働かせて右、左に選んで行くと、植林の尽きる辺りに、きのこが沢山あるではないか。よく見るとそれがなめこらしいのである。以前ここで何か裁培していたらしいのだが、今はほっぽりぱなしにしてあるらしく、あちらこちらにちらばった木に、傘の開いたなめこが鈴なりになっていた。野田さんはポリ袋に、僕はコッフェルに一杯なめこを詰めた。あまり沢山あるので気持悪いぐらいだ。
まだまだ残っているなめこを横目に見て、そこを出発してなおも登って行くと、道がなくなり岩壁につき当るので、岩壁に沿って左へ左へと行く。もう全然道らしいものはなく唯藪を漕いで左へ左へと進むと、小さな尾根に出る。反対側の沢で何かやっている人がいたので、大声で頂上への道を聞いてみるがこの尾根伝いに登れば良いとのこと、そこで尚もその尾根を登って行けば、またもや岩壁につき当る。そこをまた左へ左へと巻きながら除々に高度を上げて行く。何しろ人の通った跡は全く無いと言つてよいぐらいで、ルートの選択に苦労するが、藪が少ないのがせめてもの救いだ。
岩壁の縁に沿って尚も登ると、少々開けた沢に出たので、その沢を詰めることにする。大分登って来たので、稜線はすぐ近くに違いないと思う。沢が急になったので左岸の藪に逃げ、一寸とした岩場を木にすがりながら、慎重に登ると待望の稜線に出ること事が出来た。
さて辺りを見廻すと、ここは五輪岩の一角には違いないのだが、この五輪岩も下から見るのとは大分異なり、意外と複雑で、今我々が立っている所は、山頂より少し低い岩峰上で、本当の頂上は一段上の岩峰であって、ここから見るそれは、回りが切り立った絶壁で取りつく所がないように見える。丁度裏妙義の稜線から赤岩を見ている感じである。
そこでその絶壁の下部を尚も左へ廻って見ることにする。このトラバースは裏妙義とは違って案外簡単で、その岩峰を半分程巻き終ると、反対側の尾根が現れ、その尾根にはかすかであるが踏跡があり、急ではあるが意外と簡単に山頂に立つことが出来た。
山頂からの眺めは何といっても裏妙義が立派で、いつも見ているのとは違ったアングルから眺めることが出来る。また薄く雪化粧をした浅間山や、すぐ近くには矢ヶ崎山が意外と立派に火口壁をそば立てて見える。残念ながら遠望は高曇りのため利かなかった。
帰路は矢ヶ崎山へ続く尾根を、熊の平へ下る予定だったが、コースの状態が判らないことと、時間的に遅くなったので、途中から久保沢と思われる沢を下ってバイパスに出て、排気ガスのムンムンする中を、横川へ向けて黙々と歩いた。
なお五輪岩に登るには、昭文社の地図に書いてある程のはっきりした道はなく、我々の登ったコースはかなりのルートファインディングを必要とする。また小柏からの道があるようだがその道もどの程度はっきりしたものか、山頂の様子から察してあまり期待は持てないようだ。