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冬山合宿 偵察と冬山
真木 直彦

山行日 1974年12月28日~1975年1月3日
メンバー 山本(義)、鈴木(嶽)、真木、多部田、桜井、平、春原、平岩、甲斐

初日
 偵察では冬山に於いても何の支障もなしと判断する。二軒小屋まで進む。
 冬山では現時点に於いて偵察の失敗はないと感じる。事前の打ち合わせの不備のため、転付峠直下の水場に幕営する。
2日目
 偵察は荒川小屋まで進む。千枚までの登りは危険はなく、千枚岳から悪沢岳までザイルが必要と判断する。また前岳まで行く場合、悪沢岳の下りは要注意、防風の備えは十分にと判断する。ベースは千枚岳付近とする。
 冬山では、重荷のためマンボー沢の頭までしか行けず、ベースをマンボー沢の頭と決定する。
3日目
 偵察は赤石岳を踏み下山。椹島へ。
 冬山は悪沢へアタックする。悪場でのザイルは不必要。時間的な関係上、前岳へ行くことを断念する。
4日目
 冬山は停滞する。休養のためである。
5日目
 冬山は下山。転付峠を越えて新倉まで。

 以上、偵察と冬山での行動の概略を述べた。これから判断されるように、偵察に於いて得られる冬山でのメリットは皆無に近い。コースを歩き、細部の確認ができて、それに伴う精神的安定が得られるぐらいであろう。しかし、それに於いてすら、確認の大部分は想像に頼るほかないのである。
 登山に於いては、自らの体で困難に直に直面し自らの力で困難を乗り越えていく行為が全てであると思う。それが偵察によって失われてしまう。前もって想定された難所、危険というのは既に自然ではない。偵察は登山をゲーム化するように思える。
 登山は常に危険を伴うものである。だから危険度を下げるために偵察を行うのであろうが、危険度はゼロにはならない。それから得られる安全度より失われるものが大きい。
 登れなかったら帰ってくれば良い。越えられない障害物があるのも楽しいし、それが不意に現れたなら、もっと素晴らしいと思うのだが。


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